ひらログ

ひららかのブログ

これから

最愛の宇宙人から、内定の報告を受けた。納得と満足と安堵に包まれながら、私は彼を電話越しにねぎらった。自己アピールどころか自己紹介さえしたがらないような人だから、はじめのうちは面接をおそれていたようだが、彼の場合、誇大広告に走る必要はなかっ…

勉強会

二社目の就職先では週にいちど「勉強会」を催す。著名な経営者の自伝を輪読し、感想を語りあうというものである。なんの意義があるか。私にとっては、ここでの社会的通念とのチューニング、につきる。この土地の不文律を、肌にしみこませるための会だ。 私は…

ピアスをおくった日

高校時代からつきあいのつづいている友人と、きのうは半年以上ぶりに会った。彼女のほうから新年のあいさつをくれたのがきっかけだ。それまで、彼女は私の体調を慮り、また私のほうでは彼女が慣れない仕事のために多忙をきわめていると思い、連絡を控えてい…

サボテン

自宅の近所に、いまどきの都市部にはめずらしく、古い平家が三軒隣りあっていた。今月の半ばごろから、取り壊しが着々と進んでいる。両端は長いこと空き家となっており、中央の、最後の住人は春に亡くなった。当時、私は前職の研修で県外に出ており、外泊の…

子供の領分

春から会社員になり、そろそろ引越しも考えはじめました。新しい生活に慣れるまでピアノはお休みします。と、発表会にて司会が読み上げる挨拶文を書き出した。虚偽の申告をしてはいないが、情報がいちじるしく不足している。つまり、現在の私は会社員をして…

退職

今月某日をもって退職する。この期日については、経歴に休職期間が含まれないよう人事部が取り計らってくれた。私の体調を気遣うことばを最後に、通話は終了した。ほんとうによい会社だと思う。 郵送する退職願は書き上がったが、添え状を作成する気は起こら…

アルバムリリースによせて

最愛の宇宙人、ウール・プールによるはじめてのアルバムが、きょうリリースされた。聴けば、彼の曲だということも、彼がなにによろめき、ひかれるのかも、私には手に取るようにわかる。そういう純度の高い楽曲で編まれているのだ。つくるのが好きでしかたな…

わからない

プログラミングの勉強がはかどらない。一段落してからこれを書こうかとも考えたが、たまりかねて、吐きだす。湧きあがることばたちを内にとどめたまま、新しい概念に接して、解きほぐしたうえで摂取するという大仕事にいそしめるほど、私は器用ではない。 私…

赤の食卓

保守論壇の月刊誌で埋め尽くされた書棚の鎮座するリビングにて夕食をとるとき、実家を出るべきだという考えは生理的欲求にも似てきて、単に生活の手段として就職を選んだのは不誠実きわまりない失策であったが、いちどはそうせざるをえなかったのだから、無…

投薬

適応障害、軽度のうつ症状、と診断された。その名がいかなる意味をもつか、私に正しく把握するすべはないが、心療内科医がそう言うのだから、そういうことらしい。とにかく会社を休みたいのですが、休むのもこわいです、としどろもどろになりながら、心身に…

海を聴きに

一〇連休に入るのがうれしくて、海を聴きにか、海で眠りにか、退勤後にそのまま出かけた。家族には「海を見てくるから遅くなる」と連絡したが、このあたりのは黒くよどんだ水たまりみたいなもので、観賞には適さない。そもそも私は海がとりたてて好きではな…

やめる人の話

部署の人々とは親子ほど(と当人たちが好んで言うのだ)も年が離れている場合が多いからか、個人的なことがらを暴かれるという事態には陥ったことがない。権威勾配の存在が考慮されているのを感じる。その点は悪くないが、飲み会には別種の苦痛がつきまとう。…

組合

脅迫めいた勧誘を受けて以来、労働組合には入らないと決めている。先月の昼休み、組合員は親しげな笑みを顔に貼りつけ、突如として私に近寄り、まだ迷っているのか、というようなことを言ったのだった。加入の意思はないと私は告げた。「会費を払わずに恩恵…

なきあと

粉飾の多い弔辞を述べられるのは耐えがたいからしばらく死ぬまい、と決めている。とはいえ、ながらえたいと願うものには死にどきも死にかたも選べないから、実際にしているのは、帰宅したら「今日も弔辞を述べられずに済んだ」と思うことだけだ。 「あっては…

先月のことだった。精神の成長が止まった、とふいに思った。十代のころ、そのうちのいつだったかは記憶にないが、もう身長は一生伸びない、と、なにか明るくしずかに絶望した年があった、あの感じがした。 私は焦った。杞憂にすぎないのかもしれない、あるい…

手紙

二三歳になってはじめての夜更けを迎えた。私は連休明けの生まれだ。ついでに、心身ともに丈夫ではなく、なにもしない時間をこよなく愛している。それで誕生日前夜、すなわち出勤前夜は気がめいり、誕生日のことなどすっかり忘れてしまう(もとより日付とい…

学位記授与式のあと

扉のガラス越しに、袴およびスーツに身を包んだ同級生たちがそろって背すじを正しているのを覗き見て、勘違いに気づいたものの、気づいたところでどうしようもありませんでした。私は今日の学位記授与を、めいめい都合のよいときに現れて手続きを済ませるも…

教え子の奢り

高校時代の恩師は、私の卒業論文につまびらかな感想をくれ、会話はいつしかほとんど議論の体をなしはじめ、ひたすら平行線をたどってしぼみつつありました。私も先生もひどく頑固なのでした。私は先生に怒ったのではありませんが、この相似形をみると腹立た…

文学部卒業

人間の存在に対して「生産性」を追求する人々は、自身の生存にかかるコストを試算してみて、蒼ざめて発言を撤回するなり、みずからの肉体を片づけるなりするというところになぜ行き着かないのか、ふしぎでなりません。自身だけは、いかなる角度から眺めまわ…

交歓

「どう答えてほしいのかわかるから、適性検査にはたいした意義がない」というようなことを友人がなにげなく言い、自動車学校から「自分のありのままをだせる人です」と診断された私の度肝を抜いたのは、おとといの夜でした。彼女は、自身にいかなる態度や言…

口述試験にて

院には進まないということですけれど、今後とも書きつづけたいと考えているというのは、こちらとしても嬉しく、望んでいることでもあります、あなたはこれだけの卒業論文を書いたのだから、これは、と思うものがまた書けたなら、機関誌にも載せられるでしょ…

何度でもここに書きつけましょう。人は決してわかりあいません。とりとめのないやりとりに挿入される「わかる」という相槌は、むろん私にとっても快いもので、励ましにも慰めにもなってくれますが、それはあくまで断片的かつ偶発的な共感にとどまるというこ…

卒業論文を出した日

「ごくろうさまでした」と、製本屋の店員さんにほほえみかけられ、深々と頭を下げてから来た道を戻るとき、私は品のよい紺色のハードカバーを思わず抱きしめていました。喉をつまらせて泣くことはできなくもないような気がするほどの、感傷をもよおしたので…

若いとき

いちばん若くてうつくしいときをくれたのだから、学生のころからつきあって結婚した妻のことを責任もって愛しぬくつもりだ、というような発言が美談として取り上げられるのを観測して、やはり私に地球人の謳う愛はなじまないのだとぼんやり思いました。「う…

偏愛の人

塾講師のアルバイトをしていると、生徒からも友人からも、「学校の先生になりたくはないの?」とたずねられます。ここで授業をするのは楽しいが、と言い添えつつ、質問には「なりたくはない」と答えます。 そこかしこに人があふれかえっている公立の学校を出…

パルタイ

そらで言えそうなくらい「パルタイ」を読んだというのに、本作を取り上げるつもりの卒業論文ははかどらず、おまけに、倉橋由美子を愛しているのか憎んでいるのか、ますますわからなくなります。倉橋のことばに私は断片的に強く共鳴しますが、そこにはむつみ…

告白

1. 彼に告白をさせたい一心で、私は黙りこくって待っていました。 好きだと言わせたい。この使役の形をとったきわめて受け身な願望は、言質を取りたいという幼い不安にもとづいていました。つまり、告白さえ受ければ、「こんな私でも、あなたのほうから、…

オント

ここに書きつけてゆくわが思想めいたものの、ほとんどは産まれたてです。ひらめいたときに書くか、書いているときにひらめくかしています。文字を覚えるより早くから私の芯に根づいている性癖といえば、「指図されるのがきらいだ」くらいです(好きなタイプ…

官能ジャズ

レッスンにてエヴァンスのワルツを弾いたところ、「若いね」「色気がない」「それじゃマーチよ」と先生はさんざんほんとうのことをおっしゃって笑われました。表現者を形容する場合、「若い」とは、実年齢をさして言うものを除き、からかいか、せいぜい免罪…

トーク・アバウト・ナッシング

「彼氏いるんですか?」と、「きれいなおねえさんが好き」と述べたばかりの私にたずねたこの人は、さっきの「好き」を「そういう好き」ではないと受け取ったようだけれど、「そういう好き」ならばそれが双方向のものであるという確信を得るまでひた隠しに隠…