ひらログ

ひららかのブログ

同居所感

夫は他人の人格を規定することばを発しないということに私が気づいたとき、交際をはじめてすでに七年が経とうとしていた(夫というのは正確には「未届の夫となる予定の人」だが、当記事の執筆にあたっては重大な差異でないから、以下、夫と称する)。 周囲が…

敬愛する先生へ

大学卒業後、もういちどお目にかかりたいと願いつづけながら、まごまごするうちに四年半が過ぎてしまいました。以前ほど読み書きに親しめない暮らしぶりがすこし恥ずかしいのです。気後れしつつ見上げるような態度を先生は好まれないでしょうけれど、私には…

人生は選べない。私が生殖を望まない最大の根拠は、おそらくこの感覚にある。生まれてしまったからには、主体的に、意欲的に生きのびたい。そう願いつづけ、足掻いてもなお、「人生は選べない」の一文は、みずからに押した烙印のごとく脳裏に焼き付いている…

猫と暮らすということ

猫のある暮らしのすばらしさについては古来語りつくされているようだから、あえて猫を飼うデメリットについて書く。 猫は(少なくとも私の生まれた家に住む二匹は)、そこらじゅうで爪を研ぎ、口に入るものは齧り、倒したり落としたりできるものはそのように…

好きだから

「前の会社で、文章のお仕事とかしてたんですか?」と、企画担当者が私にたずねた。手渡された箇条書きのメモをもとに、ブランドサイトに掲載する文章を練り上げているときのことだった。いえ、お客さん宛のメールを手直しされてばかりでした、と答えると、…

母の教え

母と昼食をとった。店は私が選んだ。幼稚園児のころ、平日の昼間に何度も訪れたイタリア料理店。通院の帰りに立ち寄って、焼きたてのピザをほおばった記憶がある。病弱だった私に、母はいつもご褒美を用意してくれたのだ。「よくここでおさぼりをしたね」と…

曲がり角

先月、生まれてはじめて、顔にしみを見つけた。今月は、採血の結果、中性脂肪が基準値を上回っていると判明した。これまでどおり過ごしてきたのに、と首を傾げたのち、これまでどおり過ごしてきたからだ、とうなずく。きっとこれが、歳を重ねるということな…

こぼれたミルク

不随意にして不可逆であるという点において、誕生および生存は、前触れなく眼前に注がれた一杯のコーヒーに似ている。 私にはそれを注文した覚えがない。かといって、すでに供されたものを、あえて残したり捨てたりするのも本意ではない。他人に口をつけられ…

橋本愛が好きだ

(「どんな感じの男性が好きなんですか!」に対して)私が男性を好きとは限らないので質問の仕方を変えていった方がいいかなと思いました!どんな人に恋愛感情を抱きますか?とかかなあ(質問の答えになってない) 橋本愛 Instagram(@ai__hashimoto)より 橋…

脱ぐ

あっけなく痩せてゆく肉体が自身のものとは思われないということへの戸惑いを綴って、数ヶ月が過ぎた。その後まもなく体重の減少は止まった。人体のホメオスタシスには目をみはるものがある。 私はようやく、私のからだに実感をもちはじめることができた。鏡…

私と最愛の宇宙人とは、それぞれが別の場所で不可解や不愉快に遭遇した日、その旨を気軽に報告する。昨晩の電話では、おもに私が報告をする番で、「取引先の代表が、先輩に妻子がないことをわざわざ聞き出した上で『結婚しないなんてさびしいよ』『結婚をし…

二六にもなれば

ことし二六歳になるらしい。生まれてきてしまったこと、生きてゆかねばならぬことを、どうとらえてよいのかわからないまま、なんだかんだ、おおむねすこやかにながらえ、四半世紀を突破した。 いまのところは、歳を重ねるごとにいろいろのことがやり過ごしや…

ベースが弾きたい

ベースが弾きたい。でも、日商簿記検定試験を週末に控えているから弾かない。ひさしぶりの弦楽器をひっぱりだしたら、利き手にまめができちゃうもんね。 試験前の私をいらだたせるものは、いつだって試験勉強それ自体ではなく、したいこととしてはならないこ…

手取り16万日記

手取り16万円台・賞与なし・昇給の見込みなしのひとり暮らしをつづけた感想は「暮らしてゆくのに困ることはない。それ以上のなにものでもない。来週は心配ない。来月もなんとかなる。来年以降のことを考えると、不満と不安で胸がつぶれそうになる」ってとこ…

実家に帰らせていただきます

じゅうぶん人口に膾炙しやがて辞書に収録されるとしても、私自身がつかうことはないだろうと(現時点では)見ている表現がふたつある。「関係性」と「〜させていただく」だ。 「関係性」については、使用者のなかでは「関係」と明確に区別されており、意図を…

社内でいちばん歳は近いがいちばん社歴の長い先輩に、腹の内を五割強くらいぶちまけた。(弊社は「日本人の足を美しく見せる」靴をつくって売っている。) 自社ブランドの、私がやめるとしたら理由はこれってくらいきらいなところは、「日本人」を連呼するク…

友人としたいこと

王将に行く 地元の王将がいつのぞいても混雑しており、単独で乗り込むと肘がぶつかりそうなほど狭いカウンターに通されるリスクが高くて入れない(私は自分でもうんざりするくらいパーソナルスペースが広い)。ふたりがけのテーブルで顔を見ながらごはんが食…

痩身

十年以上ぶりに体重が五〇キログラムを下回って、一ヶ月くらい経つ。痩身の同級生や妹に強烈な劣等感を抱えていた高校生の私が、どれほど望んでも得られなかったからだつきを、二五歳にして実現した。そして、そのわりには、なんの感慨もない。 ひとり暮らし…

私の尻は私が叩く

好きで好きで大学に通っていたものの、経済的な事情や進路に対する不安やみずからの能力の限界を悟ったことなどにより、学部卒業後ただちにまったく適性のない集団生活に身を投げた私のごとき会社員の大半は、折にふれ「大学時代のほうが意欲を燃やして生き…

生活に飽きたら

生活に飽きた。はじめてのことだ。特定の趣味や仕事にではなく、なにか、うすぼんやりと、生活全般に飽きた。 適応障害の再来ではないだろう。ただちに取り除くべき、耐えがたい苦痛を味わっているわけではない。かつて陥った「なにもしたくない」も、食欲不…

絶対音感の功罪

私は絶対音感をもっており、ときにそのことで不便を強いられており、また絶対音感が過剰に称賛される風潮をつねづね疑問視している。という話をします。 ちょちょいと調べたところ、絶対音感というのは〈ある音を聞いたとき、その高さを、他の音との比較によ…

誕生日おめでとう

五月七日。二六回目の誕生日を迎え、二五歳になった。きのう「一日早いけれど」と職場の人がくれた焼き菓子や、日付が変わってすぐに届いた友人からのメッセージが、私にそのことを知らせる。周囲から教えてもらうまですっかり忘れているものだから、二六回…

遠距離恋愛

最愛の宇宙人が県外に引っ越した。大学院を卒業したてのほやほやで、入社式を間近に控えている。私のほうは今週末に実家を出る。早くみずからの稼ぎで食べてゆきたくて──世帯主の扶養を脱したくて──学部卒業後の進路を就職としたはずなのに、ひとり暮らしを…

光の糸

会わない人のことは忘れるいっぽうだ。高校以前の友人は、数えるほどしかない。打算的に選別を試みているとか、過去を清算しようとつとめているとかいうわけではなくて、たんに記憶領域が貧しいのである。顔と名がおぼろげになるのと、声やしぐさが輪郭を失…

映画館にはひとりで

今月は自室で映画を四本観た。『お嬢さん』、『コンテイジョン』、『パラサイト 半地下の家族』、『ゆれる人魚』。『お嬢さん』以外は、最愛の宇宙人が「おもしろかったよ」と言っていたのを思い出して探してきた。 おもしろかったよ。でも、おもしろいだけ…

猫を迎えた日

一.一月二三日 ロレーンもデルフィーヌも、こんなところで自分の話をされているとは知らずにすやすや寝ている。三毛のロレーンはキャットタワーのてっぺんで、キジトラのデルフィーヌは膝の上で。私の右腕はデルフィーヌの枕になっているから、片手でキーボ…

同性と交際した経験のない両性愛者が質問に答えます

私はヘテロセクシャル男性と交際している、バイセクシャル女性(のからだの持ち主)です。同性と交際した経験はありません。これまでに受けた質問に答えます。 ここで取り上げるのはおもに、友人からためらいがちに差し出された素朴な疑問です。「それは気に…

妹の新居

ひとり暮らしは、いいよ。私を新居に招いた妹がくりかえす。いいなあ、と私のほうでもしきりに言うのだった。職場の近くに越して一週間足らず、人を泊めるのは私がはじめてだという。たしかに日用品やら雑貨やらの不足は目立つが、とりたてて困ることはない…

六色の虹をまとって

一社目の「優良企業」をぬけだす以前のほうが、周囲のだれもが「やめていい」とうなずく環境に身を置く現在よりずっと頻繁に、「やめたい」とさんざん書き散らしていた。その理由はふたつほどある。 ひとつめは、「とりたてて瑕疵のないこの会社を早期に離れ…

先輩の話

デートの最中に、突如として吐き気を催したかと思えば、盛大にお腹を下した。ほどなくして回復し、最愛の宇宙人にいたわられたので、いつもどおり機嫌よく帰った。ひさしぶりのごちそうで、食べすぎちゃったな。そんなことばをこぼし、見送られた。週末の夜…